昭和48年4月10日 月次祭における教話          (末永信太郎)



 (途中から)・・・為に本を読むのです。私は、それを今度、本当に目の当たりに見せて頂いたんですけれども。この、七日の御大祭を頂いて、えー、八日の朝帰って参りましたんですけれども。豊美が行っております、この古川の、古川(はやと)先生。ちょうど、この秋の御大祭から休みついたっきりで、休んでおられた。(ちょうど?)お部屋にお邪魔致しましたんですけども、二回とも枕もとに電気をこう寄せられて、枕もとには、てんやら、がいやらが、ずっとこう置いてある。(    )。そして、いつも、あの、電気をこんな風に、ここんとこ持ってきてから、それも大変な難しい御本を読んでおられる事です。 もう、私はこれには、もう本当に驚きました。なるほど、いわゆる学者の執念とでもいう訳でしょうかね。いわゆる、教学家で立たれた先生ですから。もう、それは大変、私どもでも、あの、毎月本部から送ってくる教報なんかっていうのは、もうあんまり小さい字で、まあ、あんまり為にもならんような事ばっかりごたる感じですから、本当よう読みませんけどね。先生は、それを克明に読んで、しかもそれを色鉛筆でず―っとこう、自分の気づかれたとこやら、棒線やらを引いたりしてから、お読みになってる。
 なるほど、信心もね、ここまで行かなければいけない。信心も、やはり学者が年をとってもメガネをかけてでも。いや、体は動かずに寝ておってもです。やはり、その事に精進し続けておるという、それが信心です。この方の行は一生が修行じゃと。しかも、それは、本当な事から本当な事を願い、求め続けて一生を終わって行くと言うのです。ね。もちろん、その本当の事と言うのは、和賀心が神に向かうておるという大改まりに改まってからの事なのです。しかも、この向いて行くという事は、これはだから、限りがないのです。それは、学問の道でも同じでしょうけれども、信心に(おいては親であります?)。ね。 そして、本当な事が分かって行くという事の楽しみ。または、その喜びというものが、信心でなからなければならんと思いますよね。今度の御本部参拝に、一段私は有り難く思わせて頂いた事は、教主金光様が、ああして、ご承知の通りに、大変、糖尿腎臓、私と同じようなお病気です。それも、大変おひどくてから、もうこの頃は、お祝詞の字でもこんなに大きく一字をお書きにならなければ、字が糖尿から(ひけるめいじつが悪い?)。ね。 ずいぶん病院の生活もなさっておられますたけども、それも退院のおかげを頂かれて、日々ああした御しんきんが出けておられます。ね。不思議に、金光摂胤様があのようにして、70年間、十三の御年から83歳という高齢の御年に至る70年間という間をお勤め抜かれた。だから、5代様ある、現教主金光様は、まあ、言うならばです、その間は、まあ、ある意味で自分のしたい事をしながらの、いわば半生でお在りになったということ。 ね。もう、とにかく、書道にかけては、もう大変な有名であり、とりわけ、この詞を作られること、お歌を作られる事においては、もう、本当にやはりこれは、もう、一つの霊徳霊インスピレーションだと思わなければおられないほどしの歌が、もう、こんなに厚い本が四冊ぐらい、今度出ました。本部から教会宛に頂いておりますが、その詩集を拝読させて頂きましてもです、もう一つひとつが、金光様のこれが御信心だなと思われるほどしの詞であり、歌なのです。ね。えー。今日はあの、末永さんが言ってましたけれど、私はあの、これをここに、午後からの奉仕の時に読ませて頂きながらね。金光様は、御教えと(理想?)下さらんのだから、この詞こそ、この歌こそ、金光様のこれは御教訓だ、御教えだ。しかも、身に積まされるほどしの、または、自分の身から、いわば心から出てきておる、いわば教祖様、ここで言うならば、私の御理解集と同じこと。だから、私はあの、金光様のお歌を、いわば御教えとして御理解頂いて行こうといったような事をここで申しましたら、末永さんが言うんですよ。実は、学院におります時にね、金光様にある友達が、自分の誕生日に、その、何か短冊か何かを持って来てる。金光様、私の誕生日ですから、何か(しつぎ?)で書いて下さいてお願いしたそうです。それは、お書きになりませんでした。そしてから、私の事を分かって頂く為には、詩集をご覧下さいと仰ったそうです。いわゆる、あの歌の、私が、教徒舎でも売っております、いっぱいに。だから、あれをご覧下さいと仰った。あれは、私の命ですからと。このお歌の中にもそういう風に書いておられます。ね。そういう風に、私はあのお歌を読ませて頂きながら、今度の御本部参拝で私が実感して参りましたこと。あの、四日、そして七日、それから今日またあって、今度は十三日で大祭が終わられる訳でございましょうけれども。あれだけ大変な御大祭の御祭主をお勤めになるだけでも大変なこと、お心であろうと思うんです。久しぶり、私は今度、教祖様のお引けの、四時半にお引けになりますお引けを拝ませてもらいました。もう、本当にあちらの方から、こう歩いてお出でられます、前を通られる。それから、また、ずっと向こうへ通ってお出でられる、その前から後ろから横から拝ませて頂きながら、もう体全体から、金光様のお体全体から、こう発散しておるもの、感じられるものはね、有り難いというものではなかった。はあ、お疲れだろう、もう痛々しいほどにそれを感じました。もう、本当にですね、一生懸命でお勤めになっておるという事が分かります。それはそうでしょう。ね、50までなら50までもです、言うなら自分の例えば旅行とコンサートなんかもお開きになったり、お写真もなさる。もう、とうきなんかは、もうそれこそ玄人の域だと言われております。ね。もう、それこそお花もなされば、お茶もなさる。もう、様々な優雅な、いわば趣味を身につけられて。さあ、音楽会と言ったらもう、岡山辺りまででもお出でになるというほどしに、まあ、その趣味が豊な、ことが出けられたんです。 親金光様が70年間お勤めになったんですから。だから、言うならば、もう途中から途端なそういう御修行に取り組まれたんですから、なるほど、あの痛々しいまでのお疲れのご様子というものがです、もう、それこそ、もう勿体無いという事でございます。もう、痛々しいまでに、金光様ご苦労でございます、と思わなければおられないほどしのご様子を私感じて、まあ、一緒に参った。2~3人の者もそれを申しておりました。私、本当にそれを実感したと言っておりましたがね。それはね、やはり生身の人間なのだからです。 そして、今、私が申します、ね、父金光様のお在りきになった後を、あの本当な事を本当な事として、自分の身につけて行きたいと御精進になっておるお姿だと、私拝みました。私は今日、詩集を読ませて頂きながら、ちょっと、特に心に止まったものを書かせて頂いた。昨日も読ませて、えー、今朝の、昨日の朝の御理解にもこの事を話させて頂いたんですけれどね。自らが秩序を乱すに健康の崩るはまさに当たり前のこと、と読んでおられる。例えば、もう御自分が、なら糖尿なら糖尿病と、(           )なさってもです、自分が何十年の間、言うならばその、秩序を乱した生活がこういう病気になっておるんだ。これは、もうまさに当たり前な事としてという事は、もうその、あのお病気を合掌してお受けになっておるという事です。どうして、こげな病気するじゃろうか。こういう厳しいお態度なんです。ね。私どもでもです、難儀な事、困った事をみんな人のせい、あのせいというようなこと。ね、世間のせいといったような事ではなくて。まさに、自分自身がそこに難儀を感ずるなら、それは、まさに当たり前の事として、受ける姿勢が信心の本当の姿です。本当な事なんです、それが。その本当な事を、例えば、それを人のせいにしたり、世間のせいにしたりするところにです、もうそこから本当な事は消えて無くなるという事になります。厭まなき身と人の言うこの我の心にいとまあらしめたまえ、と読んでおられます。ね。金光様の、言うなら、朝の3時すぎから、終日ああして御しんきん下さるのですから、今まで様々な事をなさって、言うなら、自分の好きな事をなさっておられた事が、もう好きな事ではなくて、御しんきん一筋にですから、もうそれこそ、おいとものない身を人がいとうて御挨拶を申し上げる。なるほど、その通りだけれどもです。自分の心だけには、いともあらしめたまえと願うておる。自分の心の中には、どうぞ、心が暇である、心が豊であるという意味。ね、心だけは、どんなに忙しい中にあっても、心だけは豊にあらしめたまえと祈りすがっておられる、金光様の信心の姿勢であります。言いしやと、言われよかれと、ね、言われよかれし事なりと、悔やむ自分を我と哀れむ、と言うておられます。ね、もう本当に言わんで良かったことを言うて、人にコリを積ませたり。ね、例えば、怒らんでよかとこを怒ったりというような事をです、後でこう考えるようになってから、はあ、ああいう事は言わんでよかったのにと自分の心の貧しさに、もうへきへきとして、神様にお詫びをしておられるお姿だと拝ませてもらう。ね。こういう姿勢がね、生身の人間のね、人間の持っておる剛とでも申しましょうか。ね、その悲しいその事に取り組んで、そして、これではならじと、こう精進しておる姿。精進しておられる姿が、このお歌の中に思われます。私は最近思うんですけれども。孫の聡子が、この頃やっぱり、色んな事を体得して行く。ね。というのは、例えば何でもこの頃、こう握らせさえすると楽しんでこうこうやりよったんですけれども、この頃ですね、もう食べ、舐めてから、味のあるモンでなからなきゃ喜ばん。こげんして放す。ね、もう分かっとる。ここに手に握るならば、握るものが、こう舐められる物でなからにゃ、味のある物でなからなきゃ握らんちゅうような感じがする。そして、自分が気になると、もう鼻こう全部こうシワ寄せちから、パーッちやるんです。言うなら、もうイライラしたり、腹を立てたりする術がです、術というか。そういうものがです、一つの人間の今申します、剛です。そういうものが、もう身について、もう身についていっておる。それを何十年間繰り返して身について来るその剛をです、取りのぞかせて頂こうと精進する事が信心なのですから、やっぱり、それは難しいと言やあ難しいですね。腹を立てる覚えは、まあだ生まれて50日か100日の事。赤ん坊がもう腹を立てる事を覚えよる。それをです、もう腹を立てんぞという事になるという事ですから、やはり、これは難しい事なのですけれども、それは本当な事なのですから、ね、お礼を申し上げねばならない事柄に悔やんだり、お礼を申し上げねばならない事にイライラしたりしておるのですから、それはやはり、それをイライラしてはならない。いわゆる、腹は立ててはならない。もう、腹は立てんぞ、人は責めないぞといったような修行を本気でしなければ、それが出けないという事がわかります。ね、これは、もう人間の剛ですよ、やはり。ね、悔やんだり、悩んだり、腹を立てたり。だから、その剛を取り除いて行くという事が、信心なん。言いしやと、岩でよかれし事なりと悔やむ自分を我と哀れむ。もう、人間じゃけん、こんくらいな事言うたっちゃ当たり前。もうガンガン言うたけん、気持ちがス―っとしたてん何てんていう人がありますけれども。これでは繰り返し、繰り返し、同じ人間の剛の中に苦しみ抜かなければならない事になるのですから。ね。それは、今日読ませて頂いたものの中から拾わせて頂いた金光様のお歌です。我父が歩みとどめておくれたる、我を待ちたもう夢の中の父と。お夢の中に、自分がその、歩みがボチボチしとるもんだから、金光様がちゃんと、その、ここまで来るのを待っておられて、そして、一緒に歩いて下さったというお夢を頂いたという事を言っておられる。ね。在りし日の常の姿の父のごと、歩ませたまえ日に日に新たにて。これは、こう、それを自分が願っておられるお姿。金光様が70年間、それこそ泣く泣く辛抱しながら70年間お続けになった、あの通りの姿をです、私の信心の上にも日に日にあるませたまえと願っておられる。ね。在りし日の父の常の姿の、我父と家以内歩む夢の中の父、も夢の中に三代金光様が生き生きとして、教主金光様の上にお働きを下さっておる事を感じますですね。出来るゆえ、なすにはあらず、出来ぬゆえなす稽古なり、日に日に新たに。もう、ここにいたってくると、もう素晴らしい。ね。出来るゆえにです、出来るゆえになすにはあらず、出来ぬのゆえなす稽古なり、日に日に新たに。自分が出けるからするのじゃない。ね。自分が出けんから、日に日に、もう神様が眠かとはご承知。もう、御本部参拝で疲れとる事は知っとりなさるから。こういう事じゃないっちゅうの。なるほど、キツイ。ね。自分で出けるという事はない。ね。けれども、それが稽古だと言う。ね。出けんの。もう本当に出けんように思うけれども、出けんけれども、そこのところをです、出けぬゆえ、成すけいこなり、日に日に新たにと言っておられる。ね。だから、ここんところは泣く泣くでもありゃ辛抱でもある。ね。だから、これはもう、本当に参らんのと言うて参るのじゃない。修行せろと言うて修行するのじゃない。そうさせてもらわなければならない心が心に起こって来なければ、信心は出来ん。それが起こって来てもです、なおかつ苦しい時には、やはり(あてひだり?)をしようごたるけれどもです、なら、そこんところを日に日に新たな心で稽古をして行くのが、出けんからそうするんだ。出けるなら誰でもする。嬉しゅう楽しゅう参るなら誰でも、それは有り難う、そういう徳を受けたら、いよいよ有り難い。けれども、そうでないからです、嬉しくもない、楽しくもない。それは、辛い苦しいばっかりだけれどもです、日に日に新たな心でそれを稽古の為にして行くんだと言われてます。流れいるる思いのままに、ままの言葉もて教主しゅうにゅうの挨拶したり。教主に御就任になった時。これは金光様のいつもの、あのお祝詞を読ませて頂いてもそうですけれども。それこそ、もう高いところから低いところへ水が流れるような調子ですね。皆に、そしてお話を下さっておるでも、本当に自分の心にあるものをそのまま、それは流れるようにお話を。私どもでも、さあ、今日は皆さんに何をお話をしようかと思うて話すことはない。自分の心から流れるような思いのものを、ただお話を聞いておる、頂いておるだけなんです。これが、最高なんです。ね、それを神乍と言う。過食、食べすぎですね。節食ていぎみつつ、ふと胸に、かほごと言える言葉が浮かぶと。もう、私はこのかほごという事に、いう言葉が胸に浮かんで来たと言っておられる。ね。ちょっと糖尿病をなさっておられますから、やはり食べすぎとか、その、節食をなさらなければならない。ね。だから、そのテレビをご覧になりながら、自分の心にかほごという言葉が生き生きと自分の心の中に、はあ、本当に神様のおかげを頂きすぎて、こんなにも、こういう御守護の中にあるもんだから、ついついかほごな、かほごというのは、おかげを頂きすぎておるという意味なんです。もう、私自身ここんところに、こう、ピシッと来るような感じが致しました。ね。と一つ、金光様のこういう厳しい信心のお姿に触れさせて頂いて、もう本当に有り難いと言うよりか、勿体無い。金光様、本当に勿体無いという思いを、今度私は頂いて帰りました。ね。どうぞ、あの、出来るゆえ、成すにはあらず出来ぬゆえ、成すけいこなり、日に日に新たになどという事は、もう肝に命じて、ひとつ頂かなければならんところじゃないかと、こう思うのです。この度の御本部参拝で教祖様の奥城に参拝。それから三代金光様の奥城が、もう見事に出来上がっておりました。そちらにもお参りをさせて頂きました。奥城でお礼を申させて頂いておる時に、帰ってから皆さんに、言うならお土産話をしなければならん。おかげを頂いて帰った話をさせて、皆さんに聞いて頂かにゃならん。どういう事を聞いて頂こうかと教祖様にお伺いをさせて頂いたら、口を入れる、お話をするなら、口を入れるなら、ね、もう、今合楽で言われておる五つの願いが本当の意味でスムーズにです。ね、出ける信心を、今は合楽では極めて行く以外にはないという事だったんです。心眼に口という字を書いて入れるという字を頂きました。本当に皆さんには帰って聞いて頂いたとおりです。ね。口という字に入れる。これは、かますという。そこで、私は帰ってから、皆さんにその事を、ね、例えば米がますでもありゃ、銭かまぎでもある。ね。ですから、私どもがね、この受け物を作るということをです。受け物を作るということを、いわば私どもは、もうけいこして行く以外にはない、合楽の場合。そして、どうぞという、あの五つの願いをして行く以外にはない。受け物がなくていくら願ったって出て来ません。ね。ですから、ここんところを頂かせてもらわなきゃならん。もう神様がね、本当に例えばお米は命の根でもある。健康のという風に。それから、あれをままになる素でありますから、すべての事がままになるおかげの、(言うなら?)かますをね、先ず頂かなきゃならん。いわゆる、これを大判九判がざくざくと入る、銭かまぎにもさせて頂いて。そういうおかげを下さろうと、神様の方がそういう姿勢を作って下さっておるのが、現在の合楽だ。ね。先日の秋永先生が、最近の合楽の神様の働きは違うと。あの五つの願いをするようになってから、これはもう、銘々が体験して、あっ、壮年部会の時でした。もう、これは、一つひとつ、言うなら、もう切りはない事です。毎日毎日の事だからと言うて、そのあらあらの事を話しておられましたけどね。今は、そういうおかげの頂けれる時なんです、合楽では。だから、それが頂けんならば、不思議だ。ね。今朝からも私聞いて頂いたんですけども。先日のあの、高橋さんところの宅祭りの時に、すぐ近所に田原さんという熱心な甘木の信者さんがおられます。有名な信者さんです。そこのところの駐車場を借りてあったから、お礼の品物も持って、お礼に行かれた。そしたら、高橋さん、もうそこの裏表の所にあるんですね、高橋さんところからすぐそこ、側なんです。それが、高橋さん、あの、この頃聞かせて頂いたが、あなたはもう、合楽教会じゃ有名な御信者さんですげなねという話からです。ね。一つ、高橋さんせっかく金光様の御信心をさせて頂くのですから。ね、一つ多いに儲けさせて頂きましょう。それは、お道の信心、金光教の信心のごひれいの為に儲けさせて頂きましょうち仰ったげな。ね。んなら、これを、ま少し手前のところを言うなら、合楽に御神縁を頂いて、合楽教会のごひれいの為にお互い、ね、色んな意味で、いわゆる儲け出すおかげを頂かなきゃいけんのです。ね。御本部参拝が毎月、月に二回。ね。千代町から甘木まで毎日お日参り。これは、そげんせにゃんけんじゃない。そうせにゃおられないという信心なんです。ね。半年一遍の御大祭ですらお参りが出けないとが沢山ある。月に二回ずつ。それでいて、それこそあの辺のこう、繁華街の土地はほとんど、かわら?さんのお土地だそうです。始めの間は、それこそ十円のお金をです、ね、安武先生にご相談をしなければならないほどしの状態であったということです。ね。ですから、もう神様の、信心というのは、一にも神様、二にも神様、三にも神様という生き方からでなければ、そういう信心も出けませんし、また、そういうおかげにもなってまいりません。人間が作ったおかげというのは、もうどんなにずるくしても一握り。神様の下さる一握りというものは、もう限りがない。今日、私はその事も大変詳しく御祈念の時に頂いたんですけれどもね。もう、これは大変な事ですよね。私どもがね、例えば子供を育てると言うけれども、神様が育てなさると言うのとは、もう全然、もうその天と地ほどに最後には変わってくるほどしのおかげになって来る。ね。それは、ここでは、まあ、神乍とか。または、親先生任せとかというような意味の事を申しておりました。その事は、またいつかお話する事になりますでしょう。ね。ですから、どうでも、私どもがおかげを頂かせてもらいました。為にはです、んなら、金光様が只今申しましたお歌の中に現れておる、ああいう厳しい姿勢を持ってです、神様へ向かうておられる。そういう信心の姿勢を作らなければならない。いよいよ16日の御大祭。だから、ただ御大祭に拝めばええ。何日前から御用奉仕すれば良いというのではなくてです。ね。その例えば御大祭の中身が、銘々の信心の中身によってです、ね、言うならば生き生きと変わったおかげになって行くほどしのお祭りを仕えさせて頂きたいと思う。これは、この秋の御大祭から今日、ちょうど半年になりますが、その半年の間に、今度の記念祭ほど、大変、やはり五年という記念の節でもございましたからね。それから、あの、おかげを頂いておると言うか、皆の中に現れて来ておるおかげというものは、確かにあの、秋の御大祭を境でございました。ですから、またまた、この春の御大祭を境にそういう生き生きとしたものが生まれて来る事の為に、ね、ただかほど。ね、おかげを頂きすぎておる事に甘えておってはならない。ね。出来るゆえ、成すにはあらず。ね。出来るだけしときゃ良かといったような事ではない。出来るゆえ、成すにはあらず出来ぬゆえ成すけいこなり、日に日に新たに。それは、忙しもあろう。ね。お金もかかろう。だから、それは自分にゃちっと無理なんだ。無理なんだけれどもです、それを稽古して行くという事が、信心なのだと教えておられるのですね。